校長先生の話:ダンサーの成長の鍵は教師にある。成功のドアを開けるのは生徒

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ACB

 

先日、私の働いているバレエ学校、

ACBの東京オーディションがありますよーという事を

フェイスブックでシェアさせていただきました。

 

シェア先のブログ筆者、そして当日オーガナイズをしてくださる元卒業生、

現ACB認定教師であるSKバレエスタジオのさやかさんのこのブログに感銘を受けて。

今日は私の校長先生との出会いをお話しましょう。

 

「どのメソッド、シラバスが一番いいですか?」とか
「留学するにはどの学校が一番いいですか?」
とよく相談を受けますが、

私にとって、学校、スタジオ、シラバス、というのは結局は形でしかないです。


ダンサーになるのは自分。
そして教育を与えてくれるのは学校でも、シラバスでもなく、教師ひとりひとり。
だからよい先生に出会ったら、

いくら厳しくてもしがみ付いていくべき。(その話はここでも

 

校長先生に最初に会ったのは東京であったオーディションを受けた時でした。
今から10年前の話です。

 

緊張はしなかったように覚えています。
だって、彼女が素敵過ぎたから。
ぽやーと彼女を見ていたら終わった、という感じです。

 

その後のミーティングで2年生に来ていいよ、

とだけど痩せなさいよ、と釘を刺され留学決定。

 

両親の反対にティーンエイジャー特有の態度で戦い、
進学校の先生たちを口説き、卒業証書を早くもらうことで

1月高校の卒業を待たずに渡豪しました。

 

 

最初の印象は、小さなバレエ学校だ、と言うことです。

なんだか思っていたのと違う。
ほら、日本で見る留学先って、ビルでたくさん教室があって。そんな感じ。

 

だけど、当時のACBは古い建物にスタジオが3つ。
そのうちの1つは舞台と同じくらい大きいにもかかわらず、

当時は「ふーん」なんて態度をとっていました。

 


まったくもって偉そうに!
ガキの態度丸出しですね。

 

教師軍は元オーストラリアバレエ団のプリンシパル、元ワガノアバレエ団、

ABTで長期にわたって指導した人やら、

テレビコマーシャルで振付をしていたジャズの先生まで。
すばらしい人たちがそろっていました。
それなのにクラス人数は少なく。

 

夕方の小さい子達のクラスは無料で幾らでも受けることが出来たり、

文字通り一日中踊っていられる環境が整っていました。

 

もっと活用していればよかった、と思います。

分からないことは分からない、と聞く。
先生から言われる前に自分で考える。

 

そんなことが分かったのはもちろん卒業したずっと後です。

 

与えられることに慣れてしまうと、自分で考えることを辞めてしまう。
これが人間です。

日本のスタジオでいい役をいつも躍らせていただき、
外部講習会でも可愛がられていた私にとって、
怪我をしていたときの対処法や、リハビリ法を色々な人に聞く

と言うことさえ考え付かなかったようです。

 

誰かがきっと与えてくれるはず。

という考えはプロでは通用しない。
そんな事も知らないアマちゃんでしたし、何度も繰り返す怪我に心も負けていた。

 

 

DLSの記事は全て、留学していたときの私に言いたかったこと。
でも昔に戻って自分と対話することは出来ないから、

勝手にインターネット上にばら撒いています。


誰かの役に立てたらいいな、と。

 

そんなたくさんの教師軍がいるなかで、校長先生のクラスは特別でした。


レッスンの後の心地よい疲れ。
疲労困憊ではなく、引きあがり、コンディションされ、次に動けそうなクラス。


理論的なステップの説明。
アーティスティックな表現方法。
厳しい中にも愛がある。


ステップが出来ない、よりも昨日の注意を覚えていないことで怒鳴られますが、
たとえ失敗しても、正しく体を使おうとすると褒めてくれる。
そんなレッスンでした。

踊りをやめる、と言った後の最終試験レポートには

「プロになる素質があるのにもったいない」と書いてもらえました。
他の先生たちもみんな、未だに会うたびにそう言ってくれます。


そんなスタッフの愛情を感じられなかったのは、
私が怪我で心も体もつかれきっていたせいでしょう。

あの時、しっかりと体のことが分かっていたら、そして心を強く持つことが出来たら
誰かに助けの手を差し伸べてもらうのを待つのではなく、自分で考えて行動できたら


そして、あの時DLSみたいなサイトがあって相談できたのなら・・・
それが今の私を動かし続けるものです。

 

本当のことをいうと、毎回誰かに「愛はすごくいいダンサーだった!」と言われると心が痛むんですよね。
もう何年も前の事なのに、舞台裏の夢を見ます。
あと少しで舞台!!というところで目が覚める…

でも今の生活は私が「選択」したものです。

 

選択肢はいつも自分にある。
そして正しい選択をするのが人生ではなくって、行った選択に責任をもち、正しくする。

 

バレエをやめたのは怪我が原因かもしれないけれど、選択したのは私。
そしてその苦い経験をポジティブに使うように毎日精進するのも私の選択。

今現在校長先生とはスタッフとしての立場で話します。
もっちろん、対等に話すわけではないですよ!!
まだ、怖いですもの笑

 

生徒の改善点や弱点はスタッフ全員で直します。
どんなことをクラスで行っているか、どのステップが弱いか、など。

そしてそのステップを教えるのが他のバレエ教師であれば、

私の仕事は分析し、ボディコンディショニングし生徒を最高のコンディションに保つこと。

 

 

スタッフも毎日ダメだしされます
プロとして世界で踊り、バレエミストレスをし、教師を30年以上しても

まだ、向上すべきところがある。

と校長先生にアドバイスを求めるベテラン某V先生の姿は

「日々勉強」を背中にしょっているようなものです。


時代の流れに乗る必要も、最近の子供の生活事情までもを

視野に入れてレッスンプランを作るように言われますし、きついことも言われます。

昔の私だったらきついことを言われて凹む。

それで終わりだと思います。

だけど今は違う。

厳しいことを言われるのは愛情があるから。

嫌いだったら無視すればいい。

人間そんなに暇ではない、と大人になってから解ります。

 

ACBは小さい学校です。
だけど、教師全員が、生徒全員を隅々まで知っています。
そして世界各国から招待したゲストダンサーと年末公演で舞台に立ちます。
もちろん、オーケストラ付で、メルボルンで一番大きなシアターで。

 

学校が合うか、合わないか、は本当に人によります。
そして教師でもなく、学校でもなく、踊るのは自分。

 

私はダンサーになれなかった。

だからバレエ学校を卒業した身からすれば落ちこぼれ

だけど今の道を応援してくれて、後ろで支えてくれた人がいる。

 

だから私は自信をもって言えます。
我等が校長先生は素敵です。

 

そしていつか私もDLSを読んでくれるダンサーに「我等が佐藤愛は素敵です。」
と思われるような存在になれたらいいなぁ。

と今日はオチなく終わるのです。

 

私の仕事の様子を書いた記事はこちら

学校編

クリニック編

 

Happy Dancing!

ai

 

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