アメリカ留学赤裸々体験記 パート1


アメリカ

 

留学したい、という若いダンサーから相談メールを頂く事がよくあります。
留学って、本当にいろいろなんですよね。

 

国によっても、ビザによっても、
コースや学校、年齢。
そして何が勉強したいか?というゴールによっても変わってくる「留学」。

 

DLSでは留学についていくつか記事を書いています。

バレエ留学のメリットVSデメリット コインの両側を知っておこう

バレエ留学を目指す前に自分に問いたい5つのこと

留学したいダンサーへのアドバイス 練習量を考えよう!

 

 

でも経験は人によって本当に違う!

今日は南部良太さんに彼の留学経験をお聞きしました。

 

オフ会 (2)南部さんは2015年のDLS初オフ会のゲストスピーカーも引き受けてくださっている
元プロダンサー、現「バレエ整体院あすか」の院長先生です。

 

2015年のオフ会のテーマは
「セカンドキャリアについて」

踊る事は好きだけれど、ダンサーではなくって他の事が出来ないかな?
と思っている人や、
ある程度踊ったけれど、次のステップは何だろう?
と思っているプロ。
そして将来バレエの知識を使って働きたいなーと思っている生徒さんたちへ
インスピレーションを送るのがテーマです。

 

そこで南部さんには「どうしてダンサーから整体を選んだのか?」
どんな勉強なのか?どんな生活なのか?
なーんて事をお聞きしますから、お楽しみに!!

 

無料イベントですから是非お友達と一緒に来てください。
詳細はこちら。

 

 

さて、高校生のときにダンスを始め、18歳のときにバレエに出会った、
という(バレエ界にしては)遅咲の南部さんですが、

 

留学した場所はニューヨークとロサンゼルスで約5年半!!
長期留学となった訳ですが、どんな生活だったのか根掘り葉掘り聞いてみましょう!

 

 

 

 

 Q そもそも、どうしてバレエダンサー?

出会いと環境です。
人との出会いが自分の人生において大きなウエイトを占めていたことは確か。
当時留学先だった学校はバレエのみならず、
いろいろなダンスのクラスがあり自由に選べる選択制だったので、
必ずしもバレエだけを中心に受けていたわけではありませんでした。

それが、とある日本人男性との出会いにより、その方が日本でバレエ活動をしていたので、
日本でやっていく道もあるということを 現実として理解することができました。

環境面では、おそらく留学することなく、そのまま日本にいたらバレエの世界に行くことは
私の場合はまずなかったと思います。

 

 

 

Q 留学を決めたきっかけは?

留学は自分で選んだ道ではなく、父の勧めだったんです。
高校を卒業してから東京へ上京する時も、東京からニューヨークへ留学する時も、
常に自分には父という大きな存在がありました。

 

アメリカ好きだった父は

「男だったら、どんどん外へ出て苦労してこい!」

「ダンスをやっているんだったらニューヨークぐらい行かなきゃダメだ!」

って。

私自身は当初、それ程乗り気ではありませんでしたが、
時間が経つにつれたった一度っきりの人生、
このまま日本国内にいても大きな変化は望めない!
行くんだったら二十歳の今しかないと渡米を決意しました。

94丁目のブロードウェイ

 

 

どうしてアメリカを選んだのですか?

元々、 内気でおとなしいタイプの自分は、
海外に行くほどの度胸はなかったし、ましてや行動力もありませんでした。

留学を決めたのは1994年の1月。

もちろん当時はまだインターネットも今ほど普及していなかったので、
その頃住んでいた原宿のアパート近くにあった本屋さんへ行っては、
留学に関する本を読みながらニューヨーク留学を想像してみたり、
留学を斡旋してくれる会社へ問い合わせをしてみたり。

 

また、留学を斡旋してくれる会社に電話を入れても
バカ高い留学費用をいわれるだけで、少し諦めかけていました。

 

そんな時、 父がたまたまニューヨークで不動産業を営む人と知り合いになってくれ、
運良く翌年の1995年3月に、その人を頼ってニューヨークへ飛び立ちました。

 

ニューヨークへ飛び立つ時、父と交わした約束は二つ。

■ 最低4年間はどんなことがあっても日本に帰ってくるな!
■ お金のサポートは一切しない!

 

これが父と交わした2つの約束でした。

 

お金のサポートがなかったので、
アルバイトで貯めた80万円は札幌~成田間、成田~NY間の飛行機代でまず12万円が消えました。

 

自宅アパートからの風景ですってよ!

自宅アパートからの風景ですってよ!

 

どうやってバレエ学校を選んだのですか?

これも時代が今とは違いネットがまだ普及していない時代だったので、
正直、どこのダンススクールが留学するには最適か?
なんてこ とは全く知識が無かったし、
また、留学生の受け入れ態勢のある(I-20を発行できる学校→学生ビザ取得に必要な在学証明書みたいなもの)学校はどこか?という情報すらありませんでした。
とりあえず、ニューヨークの知人男性を頼り、
学生ビザ取得に必要なI-20を発行してもらえる学校を探してもらいました。

 

しかしながら、その知人男性もNYのダンス事情には詳しくなかったので、
まずは授業料が格安の語学学校へ一時的に入学し、
その後、現地でダンススクールを探しながらトランスファー(転校)する道を
選びました。

 

最初に留学した学校は、ダンススクールではなく語学学校。
ミッドタウンにあった「マンハッタン・ ランゲージセンター」という、
いかにも怪しい名前の(笑)授業料が格安の学校へ入学しました。

記憶が正しければ、確か授業料は1年間で1200ドル(安すぎ?)程度だったと思います。
現在はもう存在しませんが、授業料だけを納めれば後は全く出席をしなくてもいい少しブラックな語学学校。
私も留学目的は語学では無かったので、出席は初日の一日だけ。

というか授業自体全て英語で行われていたので(当然ですね)、

初日で行くのが嫌になって止めました。

 

当時のレートが1ドル100円前後だったので、私の所持金はこの授業料を納め残り56万円。

 

 

ステイするところはどうやって探したのでしょうか?

頼った知人男性が、たまたま不動産業を営む人だったので、
住む部屋は「この人を頼れば簡単に見つかるかな?」なんて甘い考えでいました。
これがまた、向こうで部屋探しをした経験のある人なら分かると思いますが、
あの狭いマンハッタンの中に人口は160万人もいるといわれているだけあり、部屋探しも結構難航しました。

 

私の場合、いわゆるバレエ留学の王道である学生寮やホームステイ先の家族にお世話になる、
というような留学スタイルではなかったので、一人暮らしをできる物件を探しに毎日奔走していました。

 

希望は比較的ダンススクールが多くある、アッパーウエストサイド。
そのエリアを中心に知人男性が持って いた物件と、
その他、ニューヨークタイムスの日曜版などに載っていた不動産物件なども
手あたり次第辺りながら、

何とか希望のアッパーウエストサイドに、
月々の家賃が700ドルでユーティリティー込(水道光熱費)
+家具付き物件を、見つけることができました。

700ドルの部屋

場所は94丁目のブロードウェイ。
あの劇場街のあるブロードウェイより北へちょうど50丁目ほど行ったエリアになります。

部屋を借りる=お金がかかる(涙)

 

 

ということで、

私の所持金はその時残っていた56万円から、ブローカーフィー(不動産仲介料700ドル)と
レント(前家賃700ドル)の合計14万円を引いて、残り42万円。

 

幸い、そこはホテルアパートメント だったので、
セキュリティーデポジット(敷金)は必要ありませんでしたが、
部屋に必要な物なども揃えるとプラス5万円ほどは簡単に吹っ飛び、残りの所持金は37万円。

 

人間、初めての海外生活で
どんどんお金が減っていくと、やはり焦ります(苦笑)

生活をするとなると、当然毎月の生活費もかかる。
そして私の場合はダンスが目的だったので、
ダンススクール(オープン)に通うお金もかかり、部屋探しをしながら2~3週間ニューヨークに滞在していたら、所持金はあっという間に30万円を切っていました。
生活費は、あの頃家賃が700ドルで語学学校の授業料は既に納めていましたが、
ダンスの授業料に月々300ドル、
それに生活費 が400~500ドル程度でやりくりをしていたので、
毎月1500ドル程度はかかっていました。

 

というと、単純計算で30万円のお金は
残り2か月で底をつく・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お父様との約束は最低4年。

でも留学2ヶ月たった今お金はない・・・

内気でおとなしいはずだった南部さんがとった道は!?

長くなってしまったのでパート2に続きます笑

 

次回はかなり厳しい!オーディションの様子や舞台裏などをお話してもらいましたよ!

 

Happy Dancing!

ai

 

 


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