バレエのレッスンやパフォーマンスの後、「全部ダメだった」と感じていませんか?
レッスンやパフォーマンスの結果をどう捉えるかで成長は変わります。
思考の癖を見直し、目標につながる振り返りをしてみませんか?
Transcript
皆さんこんにちは、DLSの佐藤愛です。
2月末から3月いっぱいの来日で感じたことを
エッセイの形でお送りしている今月のポッドキャスト。
楽しんで頂けていますでしょうか?
多分今頃には既に、来日期間に撮影してきた様々な動画が
YouTubeにアップされているんじゃないかな?と思います。
見てもらえていますか?
今回の来日で、YouTube見てますよという声を、様々な人達から聞きました。
動画作りってコスパが悪いんですよ。
動画のアイデアを練って、撮影して、編集する。
何日もかけて作った動画は、200とか300回見てもらえるようになります。
でも、データによるとそのうちの50%以上が最後まで見てくれていないので
実質100ー150回くらい見られていることになります。
この数字は、ポッドキャストの1エピソード平均ダウンロード数より少ないです。
そのため、YouTube用動画はコスパが悪いって表現になるんです。
でもね、見てくれていると教えてもらえると、作って良かったと思えるから不思議ですよね。
コンシューマーとしての私もそうですが、よほどのことがないと
良いなと思ってもコメントしたり、レビューを残したりしないじゃないですか。
でも、そのプロダクトを作った人と会う機会があったら
「使ってますよー」「いつも楽しく見てますよー」って言うと思う。
そういう感じなんだろうね。
感情だけでは、上達できない
お山の大将、失敗の考察に続き、来日中に感じたことシリーズその3では
人と仕事をする上で避けて通れない相手の気持ち
つまり、他人の心についてをお話していきます。
壮大なテーマではありますが
来日中、特に小鬼たちと一緒にいて感じたことをお話ししていきますね。
もうすでに多くの人達が知っていると思うのだけど、これ以上話を進める前に確認。
小鬼とは、DLS公認スタンスインストラクターコースのコース生&修了生たちの総称で
「鬼の愛」とか「鬼の母ちゃん」と呼ばれる私が行っているコースなので
コース生達は自然と小鬼という名前になるそうです。
これはコース1期生がつけてくれたあだ名です。可愛いよね。
今回の来日では、スタンスインストラクターコースと
その先になるアドバンスドコースの最終試験ウィークがありました。
ベーシックコースは教科3、4の試験が、アドバンスドコースは教科6の試験が行われました。
長い間準備してきて、緊張して行う試験では
終わった時に感極まって泣き出してしまう人達も多くいます。
理由はその人によって色々なんだけど
私が今回のテーマを考えたキッカケとなったのは
自分では試験が上手くいかなかったと思って、悔しくて涙が出てきた人達。
もし、当日見ていて分かるくらい上手く行かなかったら
泣きたくなる気持ちがよく分かるのですが
見ている方としては良く出来ているなと感じるのに
本人にとっては悔しくて泣けてしまう時もあるみたい。
たとえ、試験官の私たちが良く出来ていたところを伝えても
彼らの中では「出来なかった」という印象が強いんでしょう。
良く出来ているのになぁと思うけど、本人はそう感じられない。
これは私も、踊っていた時よく体験してきました。
パッと思い浮かぶエピソードだけでも複数あるのですが、今日は一つだけね。
私が日本で踊っていた時は、自分のスタジオだけでなく
他の先生が行っている特別レッスンにも参加していました。
もちろん、スタジオの先生の許可を取った上でね。
地元のスタジオでは、受けられるクラスは全てとっていて
でも、もっと練習したいから土曜日に6人くらいの少人数制レッスンへ
日曜日にオープンレッスンに通っていたんです。
そちらで、チャリティーコンサートみたいな舞台に立つことになって
キトリのバリエーションを踊りました。
本番当日、グランパドシャに入る前のピケ・アラベスクで足を滑らせてしまったんです。
つまり、ピケで上手く立てなかった。
その時の動画があるわけではないので
どれくらい目立つ失敗だったのか覚えていないんですが
地元のスタジオの先輩が見に来てくれていて
その人から「良かったよ」と言われたときに
恥ずかしくて?悔しくて?泣き出したのを覚えています。
問題はこの先。
さっき、どれくらい派手に滑ったのか覚えていないと言ったじゃない?
この舞台についての記憶は、滑ったことと
それについて先輩の前で泣いたことしかないんですよ。
どこでやったかとか、どんな衣装だったすら、全然覚えていないの。
つまり、この記憶では、私が上達する事が出来ない。
だって、良く出来たところと、そうではなかったところが分からないから
もし同じバリエーションを数年後に踊ることがあっても
意識的に過去の経験から学ぶことは出来ないと思うんです。
学ぶことが出来ないだけでなく、失敗した記憶「しか」残っていなければ
次に同じバリエーションを踊る時に、ピケで躊躇してしまうと思うんですね。
ネガティブに引っ張られてしまう癖
コースの実技試験のゴールは、完璧に指導することではなくて
今まで勉強してきたことが身についているかを確認すること。
そのため、実技試験では試験が終わった後に、皆さんにフィードバックを返します。
とはいっても、試験が終わった後、緊張がほどけて
でも、感情的には高い状態で言われることなんて、殆ど覚えていられないので
後日マーキングシートといって試験結果が書いてあるシートをお送りします。
アドバンスドコースで、良く出来ていたのに試験の後に
「全然練習の様にできませんでした」と言って泣いていた小鬼に対して
「上手く出来たところは?」と聞いてみたら
最初の答えが「なにもありません」だったんですね。
そんなわけないんです。
だって、私だけではない試験官数人とも、良く出来ていたと判断したのだから。
だけど、本人の記憶は、試験が終わって数分しか経っていないのに塗り替えられていました。
- 上手く行かないところがあったか?YES
- 練習の時は、もっと上手くできたか?YES
だったとしても
思ったようにいかなかったところと、上手くいったところは両立できるんです。
でもね、ダンサーに良く見られるAll or Nothing、ゼロか100かの黒白思考の人達は
「思ったように出来なかった。よって何もできなかった」と判断しがちなんだよね。
そして、私たち外部が何を言っても
本人がどう感じるか?どう感じたか?を変えることは出来ません。
さっきのバリエーションの例の様に、この記憶や感情では、上達は出来ません。
だって、出来なかったところは分かったかもしれないけど
出来たところとの対比をする術がないから。
そして、「出来なかった」という記憶だけが残った場合
そこから学べることはないんです。
私のバリエーションの例の様に
上達することはないし、今後の足かせになってしまう可能性だってある。
他人の心は変えられない
でもさ、先生に褒められたら気持ちが変わらない?と思うかもしれないんだけど
残念ながら、他人の心は変えられないんです。
いくら褒められても、ダメだと考える人はダメだと考えるし
いくら侮辱されても、自分の中にゆるぎない芯がある人はへこたれない。
いくらDLSで、オーバーストレッチは危険だとか
ダイエットは踊れない体、ケガしやすい体を作ると勉強していても
開脚出来ない生徒がいたら、努力が足りないんだわと思ったり
発表会前には「一緒に絞りましょうね」なんて声をかけてしまうように。
いくら良い指導者でも、他人の心を変えることは出来ません。変えられるのは自分だけ。
勉強して、自分で気づいて、よし!と変えることは出来ますよ。
だから、指導者はキッカケを与えることは出来ると思うし
そのように考えを変えやすい環境を整えることは出来ると思う。
だけど、最終的には、親でもなく、先生でもなく
本人が気持ちを変えなければ、心は変わりません。
同じくインストラクターコース。
今回は私やファシリテーターの他に、各試験でゲスト試験官の人が来てくれました。
全員アドバンスドコースまで卒業しているので
どういったレベルが見られているか、どのような勉強が反映されているべきか
などを知っている人達でした。
その人達と「今年はこういうことがあって…」とか
「このグループはこうなんで」みたいな話をしていた時に
気づくことがありました。
それは、同じコースを受けていても、同じグループで勉強していても、受け取り方が違う。
例えば、アセスメント提出。
子供がいたり、ビジネス経営していたり、指導していたりと、コース生達は忙しいです。
だから、アセスメントが「大変」と感じるのは当たり前なんだけど、それに対して
大変だった「けど」楽しかった、大変だった「けど」青春だった、など「but」を使う人と
大変だった「し」こんな問題も起こった、など「and」を使う人がいるんですね。
「But」を使う人は、そのイベント
今回の場合はアセスメント提出についてポジティブなことを覚えていて
「and」を使う人は、ネガティブなことを覚えていたようです。
面白いことに、試験官に来てくれた人たちは全員「but」を使っていました。
そりゃそーだ、そうじゃないと卒業後もコースに携わろうと思わないでしょうから。
でも、コース生、そして、その後行われた小鬼合宿に参加していた人達の中には
「and」を使う人達も多くいます。
どっちが偉いとか、良い生徒だと言っているわけではないですよ?
ただ、同じ出来事でも、どの部分を、どの感情を覚えているか?は
人によって異なるってこと。
その感情は、環境や出来事ではなく、その人によって決められること。
そして、周りから何を言われようが、結果が何であろうが
その気持ちを変えられるのは本人だけだということです。
思考の癖って怖いよね
さっきお話ししたバリエーションの話と似ているんですが
私のバレエ学校時代の記憶もあまり良いものは残っていません。
ずっと体型について言われ続けていたという記憶はあるのだけど
ポッドキャストを作りながら、この記憶すら危ういかもしれないと気づきました。
- 体型について言われていたのは事実
- 体型のせいで役を下ろされたのも事実
- ダイエットに悩み、摂食障害になったのも事実
だけど
- 果たして、毎日、ずーっとそれ「しか」言われなかったのか?
- 他には、どのような注意を言われていたのか?
- 毎回のレッスンで、何を学んだのか?
それは覚えていないのだから、困っちゃうよね。
ネガティブに考える癖は、今でも存在します。
何かあった時に、最初に口に出るのがネガティブな言葉だと夫から言われたこともあります。
例えば、今年の小鬼合宿は過去最大人数が参加してくれたのですが
それに対してお祝いするのではなく
「でも、今年は他のセミナーがなかったから」
「でも、今年は足についてがテーマだったから特別だし」
なんて感じで、手放しで喜ぶことができないんですよね。
- 小鬼合宿参加者が、過去最大人数だった
- 今年はセミナーがなかった
- 今年のテーマは足だった
は全て事実なんですが
全てを一緒に、包括的に考えることが出来ず、白黒思考になってしまうようです。
悪い出来事や失敗したエピソードを忘れて
脳内お花畑でいた方がいいよーと言っているんじゃないですよ?
良く出来たところ、改善出来るところの両方を理解することができるのが
白黒思考脱却ですから。
またコースの話に戻りましょう。
アセスメント提出で合格点に達しなかった人達へ
再提出の連絡をしたメールに書かれていた提出日と
コーススタート時にお送りしたスケジュールに書かれている日にちがずれていたので
コーススタート時のスケジュールに訂正した、という出来事がありました。
言い方を変えたら、アセスメント再提出期限を約1か月延長したんです。
様々な理由でコース内のスケジュールは変更されることがあるので
その度にメールやFBグループでアップデートしていたので
提出日についても、今までのルールに則ると
最新の情報、つまり再提出連絡の提出日が正となるのですが
コース生からの質問を聞いて「確かにその読み方もできるな」と思ったので
長い方を選んだんです。
延長になって喜んでもらえるかと思ったら
これに対して様々な受け取り方があったようです。
そうだよね、再提出が1週間後だと言われて、必死でスケジュール調整して
再提出の準備をしていた2日後に、誰か一人の質問で提出が延長になったら
えー!って感じるのも自然だと思う。
でも、気持ちが落ち着いた後に
再提出まで1週間って言われてた「けど」ちょっと余裕が出来てホッとした!と
「but」で考える人と
再提出まで1週間って言われた「上に」また日にちが変わって何なの!?という
「and」の気持ちを引きずる人がいたそうです。
この話をコースとは関係ない人としていた時に
「期間に関係なく、一度提出したアセスメントを不合格にするんじゃなくて
フィードバックまでもらって、再提出する機会があるなんて普通じゃない」とも言われました。
確かに、高校や大学だったら、提出物1回で点数になりますからね。
やっぱりその人がどう感じるか?というのは実際に起こった出来事ではなく
その人がどう解釈するかなんだな、と再確認しましたね。
他人の心は変えられない パート2
現時点で人生最大の病気と対面しながら、様々なクラスやセミナーをキャンセルした中で
コースや合宿だけやったので分かるように、私は小鬼たちが大好きです。
だから、今日のエピソードで例に挙げてきた話は
文句や愚痴ではなく、ケーススタディの一つ。
そして、私も学生の時にやっていたことだったりするので、よく分かる身近な問題です。
だからこそ、来日で感じたことだったんです。
他人の心は変えられない。
楽しかった!と言ってくれる人と、最悪だった!と思う人がいても普通。
そう分かったところで、私たちはどうしたらいいか?
それはやっぱり、他人の心は変えられない、と理解することと
自分は変えられると自信を持つことなのかもしれません。
例えば
- 生徒がスタジオを辞めることは変えられないけど、自分の理想のレッスンを提供することに注力する
- この先生は私のことを認めてくれないけれど、レッスンの全ての注意を自分のものに出来るよう集中する
- 大先生はこう言うけれど、私は勉強し続ける
というような感じでしょうか。
そして自分が強い感情を感じた時は
- それを認めてあげるとともに、それ以外の事実もあるか?視野を広く保つ
- 「but」や「and」などで見られるような、思考の癖はないかをチェックしてみる
のも良いかもしれません。
思考の癖が見つかった場合、意図的に、何度も、時間をかけて
その部分を直していかなければいけないでしょうね。
踊りの癖と同じように。
例えば、バリエーションや試験、そしてアセスメント再提出の様に
ネガティブな感情「だけ」を記憶しても、上達はしないって心すること。
私の場合、上手く行かなかったことで
良く出来た部分を消さないようにすることかもしれません。
それが出来たら
- ポッドキャストの方が、制作に時間がかからない「けど」YouTubeでは異なる面を、異なるお客さん層にお届けできる
- 今は何も言ってくれないかもしれない「けど」、ちゃんと活動を見守ってくれる人や楽しみにしてくれている人がいる
という風に、白黒思考ではなく、両方の事実を両立させた考えを持てるようになるでしょう。
それは、私にしか出来ないことなんだから、私が努力しないといけないですよね。
最後に、先生、友達、生徒や生徒の保護者などの言動に悩んでいる人がいたら
「他人の心は変えられない」という部分を忘れないでください。
それは、問題解決をしないとか、相手の意見を無視するということではないですよ?
説明すべきところはするし、謝る部分は謝るし、何か変更が必要だったら変更します。
先週の失敗という概念についてのエピソードも参考にしてください。
でも、最終的に私たちが出来るのは、私たちの行動、気持ち、感情のコントロールで
自分が出来ることをやるとともに、相手がどのように感じているかをコントロールすることは
出来ないという部分も忘れないようにしましょうね。
ということで、今日のエピソードはここまで。
ご存じのように現在DLS公認スタンスインストラクターコース、6期生のドアが開かれています。
一年に一度だけ、10日ほどしか申込が出来ないこのコースでは
ダンサーに特化したエクササイズを、安全に&エビデンスベースで指導する方法を学べます。
忙しい「し」色々言われるのは苦手だから、ではなく
忙しい「けど」苦手を克服したいから、と考えられる人は
どうぞこの機会にコースをご検討くださいね。
お申込み終了は5月24日ですからお急ぎくださいませ。
来週のポッドキャストでは
健康でいる大切さを感じた来日エピソードをお送りしますのでお楽しみに。
Happy Dancing!
