SNSで見かける過激なストレッチ、本当にバレエ上達に必要?
「オーバーストレッチしててもケガしてない人も多いじゃん?」という疑問を
解剖学とエビデンスをもとに整理。
安全なレッスンや目標設定を考えたい人におすすめです。
Transcript
こんにちは、DLSの佐藤愛です。
今月のDLSポッドキャストでは、今更聞けないストレッチについて
特にオーバーストレッチについての悩み、疑問を解決するシリーズをお送りしています。
エピソード616では
オーバーストレッチの定義についてを辞書と共に確認し、指導者の経歴を考えました。
エピソード617では
そうはいってもオーバーストレッチ、格好よく見えちゃうんだよね
やるべきだと思っちゃうんだよね、という不思議な魅力についてを考えてみました。
今日のエピソードでは、オーバーストレッチしててもケガしてない人も多いじゃん?
という疑問に答えていきましょう。
でもその前に。
お聞きになっているポッドキャストアプリで
DLSポッドキャストの登録してくれていますか?
もしYouTubeで見ていたら、チャンネル登録と通知ベル、オンになっています?
されていない方は、聞きながらやってみましょう。
ダンサーにとって、他では手に入らないエビデンスベースの情報を
マニアックにお送りしていますので、見逃さないように登録してくださいね。
すでに登録してくださってる方、ありがとうございます。
でも、レビュー残してくれてます?
いいねボタンだけでも、一言感想をコメント欄に残してくれるだけでも
大きな支えになります。
どうぞよろしくお願いいたします。
本題に入る前にもう1つ。
今日お話するオーバーストレッチしてもケガしない人というのは
「ダンサーの」「SNSで」とか「自己流で」というカテゴリでお話していきます。
しっかりとしたトレーニング団体で
厳格な筋力トレーニングもされている中でのオーバーストレッチは
オーバー、つまり可動域を超えているように見えるかもしれないけれど
それぞれの関節の最大可動域を全て使い切った
ギリギリラインをせめていることもありますし
その可動域を使えるだけの、ものすごい筋力を鍛え上げている人達もいます。
前のエピソードでお話したように
オーバーストレッチの定義は個人差が大きいので
形だけで「オーバーストレッチ」と言っているのではないと理解してください。
では行ってみよう!
体が柔らかい人は存在する
今日のテーマである、オーバーストレッチしててもケガしてない人も多いじゃん?
という疑問に答えるためには
まず、人間の柔軟性には個人差があることを理解しておきましょう。
よくDLSポッドキャストで出てくる2004年の文献
「The dancer as performing athlete」の筋肉と関節の柔軟性についての部分では
17個のファクターが柔軟性に影響すると書かれています。
残念ながら、17個とは何か?は書いてないのですが
そこには「ほとんどのファクターが遺伝によるものだ」と書いてあります。
この文章からも、何もしなくても体が柔らかい人が存在するという事実が分かりますよね?
そういう人達は、関節に過可動性があるとか、関節に弛緩性があるなんて言われますが
英語でhypermobile jointと言うんですね。
Hyperとは何かが多いこと、mobileとは動くこと
つまり、普通より動きすぎるという意味の単語になります。
そして、このような症状がある人達は
ハイパーモビリティ症候群と呼ばれることがあるんですね。
ちゃんと見てみると、2017年の国際分類改訂以降は
- hEDS(hypermobile Ehlers-Danlos syndrome)、日本語ではエーラス・ダンロス症候群
- HSD(Hypermobility Spectrum Disorder)、日本語ではハイパーモビリティ・スペクトラム障害
と呼ばれる疾患、機能障害で表記が決まっているようですが。
「Hypermobility Syndrome Association」直訳すると
「ハイパーモビリティ症候群協会」という団体がだしている情報シートによると
関節が過可動性がある人達、もしくはそうなってしまう関節の主な原因は5つあるそうです。
1)骨の形状(Bone Shape)
これは努力やトレーニングによって変化するものではありませんね。
もちろん、いくらオーバーストレッチしても変わりません。
2)コラーゲン(Collagen)
コラーゲンと書いてありますが、内容を読んでみると関節包の話です。
関節包はコラーゲンによって強化されているため、コラーゲンが緩い人の関節包は緩い。
そのため、関節の動きが大きくなります。
この部分は”トレーニングによってある程度伸ばすことが可能”だと書いてありますが
関節包の役目は関節を安定させることですから、関節を不安定にしているとも言えます。
3)筋萎縮/筋力低下(Muscle wasting / decreased strength)
筋肉が弱いのも、関節過可動性の一因となる可能性があるんですって。
これはケガしたときの話になります。
4)固有感覚(Proprioception)
固有感覚については、今年3月のポッドキャストシリーズで
バランス感覚を取り上げた時に勉強しましたよね。
固有感覚が落ちると、関節過可動性を悪化させる可能性があるという証拠があるそうです。
5)ホルモン要因(Hormonal factors)
これは、特に女性の柔軟性に影響するんですが、生理と靭帯の緩さは影響しています。
生理の時期は、靭帯のケガが増えるなんていうスポーツ医学のデータもあるくらいです。
今みた項目で分かるように、元々体の柔らかい人は存在しますし
トレーニングによっても柔軟性をアップさせることができます。
体が柔らかい人はストレッチが必要?
今までのデータから
- オーバーストレッチをしても何も感じない人
- 簡単にできてしまう人
- やってもケガしない人
が存在するということが分かりますよね?
ちょっと他の人達より体が柔らかめな人から、機能障害レベルまで。
体の柔らかさというのは、白黒ではありません。
でも、今日は簡単に説明するために「体が柔らかい人」という言葉でまとめますね。
Y字バランスで足が頭を超えるとか、両手で後ろの足を掴んだ前後開脚だとか
SNSで見るビックリするほどのオーバーストレッチをやっている人は
ほぼ100%の確率で、今日お話している「体が柔らかい人」に含まれると思います。
だとしたらよ?
この人達がやるべきことって、オーバーストレッチなんだろうか?
元々遺伝的に、体が柔らかいのであれば、つまり得意な分野が柔軟性の人は
もっともっとストレッチをすべきなんだろうか?
それとも、他の分野をトレーニングすべきなんだろうか?
もし、この人がダンサーになりたいのであれば、答えは後者になるはずです。
だって、Y字バランスで足が頭を超えるとか、両手で後ろの足を掴んだ前後開脚は
オーディションに出てこないからです。
コンクールで踊る振付にも入ってこないことでしょう。
あ、そうはいっても、最近のコンテやモダンのコンクール振付は
そういったサーカスっぽい動きが好まれるようですが
それは、コンクールというビジネスの倫理、審査員の勉強不足
そのようなコンクールに出場させることを決定した先生や保護者の話になってくるので
今日はここまでにしますね。
ただ、バレエ学校で生徒を受け入れる側、より大きなバレエ学校に送り出す側
そして、オーディション会場で通訳をしてきた側として、オーディションで
このような手や床を使ったオーバーストレッチ項目が見られることはないと断言できます。
オーバーストレッチをしてる人は痛くない?ケガしてない??
またまた、今日のテーマに戻りましょう。
「オーバーストレッチしててもケガしてない人も多いじゃん?」
答えはYES、その通り。
理由は
1、元々オーバーストレッチが出来る体の人が
2、SNSで得意な部分だけを見せている
から。
先週のエピソードでもお話しましたよね、SNSの世界は現実ではないって。
その人が
- そのストレッチを何歳から始めたか
- 現在ケガや痛みに悩まされていないのか
- 他にどのようなトレーニングやエクササイズをしているのか
- なんのためにやっているのか
が分からなかったら
「ケガしてない人も多いじゃん」という言葉を簡単に言えないと思いますが
画面上からでは、ケガしていないように見えることでしょう。
ただ、ケガしてると思いますけどね?
例えば、先ほどご紹介した
「ハイパーモビリティ症候群協会」の情報シートにも書いてありますが
2005年にダンスUKが行った調査によると
毎年80%のダンサーがケガしているということです。
しかも
- 関節過可動症候群を持つダンサーは、ケガの有無に関わらず痛みを経験することがある
- 2004年のダンスカンパニーを対象にした研究では、特にHMSを持つダンサーでケガのリスクがより高いことが示されている
- 過可動性を伴う結合組織はケガの治りが遅い
とも書いてあります。
これらのデータから
SNSで見るオーバーストレッチをしているダンサー達の殆どが
痛みやケガを抱えていると断言しちゃっていいと思うのです。
画面では見えないかもしれないし、言わないと思いますよ。
また本人がオーバーストレッチが痛みの原因だと
理解していないこともあるかもしれません。
「SNSで見たストレッチをやって、足が上がるようになりました!」
というようなコメントを見ることもあるかもしれません。
1本のタバコを吸ったからって、いきなり肺がんになることはないです。
でもタバコを吸い続けたら、がんのリスクは上がります。
前にもご紹介した2004年の文献では
レッスンの急性のケガの88%は、ストレッチしている時に起こると書いてありましたよね?
でも、たとえその場でケガしなかったとしても、長期にわたる影響は分からないのです。
コメントを書いている人が3年後どうなっているか
SNSにストレッチを上げているダンサーがどんなケガをして治療を受けているのか
そもそも、その人がそのストレッチをいつからやっているのかすら
私たちには分からないという事を忘れないようにしましょうよ。
何を求めてストレッチするの?
先週のエピソードでもお話したように
知識がないとSNSに流されていく傾向があります。
特に最近のアルゴリズムを考えると
一度でも見てしまったら、どんどん同じような動画や投稿が流れてきてしまう。
そのため、みんながやっている錯覚に陥るし、いいねしている人も多いから安心する。
だけど、一度立ち止まって考えてみましょう。
何のためにそのストレッチをするんでしょうか?
例えば、かかとをヨガブロックの上に乗せて、膝を押し込む形での長座。
膝関節はそのような方向に曲がるように出来ていませんし
そのような形では軸足として機能しません。
特に、成長中の子供達の場合は、靭帯の方が骨よりも強いため
筋肉が骨に付着している部分の剥離骨折に繋がりやすい。
ということで、オーバーストレッチの定義にバッチリ当てはまってしまいますよね。
なんのために、このストレッチをするんだと思う?
- 軸足の膝が伸びないから?
- デヴァンにあげると、膝が曲がってしまうから?
それとも
- バレエをやってるなら、長座して当たり前だから?
バレエのテクニックに、長座はありません。
バレエのテクニックを分析した際
両方の足を同時に、デヴァンに持ち上げることはありません。
「くるみ割り人形」の「ロシアの踊り」で
コサックダンスみたいな振付が入ったら別ですが
それは特殊なキャラクターの踊りです。
100歩譲って、デヴァンに脚を上げるとしても、おでこと足はくっつけません。
そんなことしていたら、毎回グランバットマンするたびに脳震盪ですよ?
脳震盪になるレッスンなら安全なレッスンとは言えないでしょう?
「でも、ハムストリングスを伸ばさないと。」
確かに?でも、ハムストリングスを伸ばしても
足の後ろ側を使って、足をデヴァンにあげることは出来ないからね?
よく「遠くに伸ばしながら太ももの裏側から足を上げれば
太ももに力が入らないで足をあげられる」なんて言う先生がいるのだけど
解剖学的に不可能よ?
「でも、膝が緩んじゃうんです」
なるほど。でも膝が伸びないのと、膝が緩むのは2つ異なる問題ですよ?
考えてみて、膝周りの靭帯や関節包を伸ばすと
膝が伸びるの?もっと緩みやすくなる?
ほら、パンツのゴムを考えてみてください。
ビロビロのゴムだと、ウエスト伸びる?緩む??
エピソード615でお話したように
指導者は考える力を育てなければいけないと思います。
考える力というのは、質問する力ということ。
- このストレッチは何を伸ばしているんでしょう?
- このストレッチは解剖学的に安全ですか?
- あなたの生徒はこの部分が足りないのですか?
- 足りない場合、レッスンで補う方法を考えましたか?
次回、ストレッチを指導する前に、自分でやってみる前に
これらの質問に答えてみてください。
分からなかったら…
「今は」やらないというオプションがあることを忘れずに。
今週も最後まで聞いてくださってどうもありがとうございました。
オーバーストレッチシリーズ最終回の来週は
「そうはいっても、オーバーストレッチが必要な踊りだったら?」
という声にお答えしていきたいと思います。
お楽しみに。
Happy Dancing!
