DLSポッドキャスト 637 背中を使いたいダンサーが知っておきたい背骨の構造 その5 バックベンド麻痺と子供の背骨

踊ることが大好きで、柔軟体操を頑張る子どもたちの背骨や脊髄を守るために、

知っておきたいリスクがあります。

先生や保護者の声かけや行動が、子どもたちの未来を左右することも。

安全なバレエ指導や教室選びについて、子どもたちのためにしっかり学びましょう!

Transcript

こんにちは、DLSの佐藤愛です。

今月はマニアックに背骨について勉強してきました。

頸椎7つ、胸椎12、腰椎5つはすでに知ってるよ!というバレエ解剖学ベテランの人でも、

今までのエピソードで

  • 背骨のカーブと年齢、反り腰について
  • 椎骨の形や椎間板と可動域
  • 靭帯や椎間関節についてなど

今まで知らなかったことが勉強出来ていたら嬉しいです。

さて最終回の今日は「バックベンド麻痺」という言葉と、

背骨の事実についてをお話していきたいと思います。

2019年の悲劇

長い間DLSを応援してくれている方々

ポッドキャストレギュラーさんやメルマガ読者さんは覚えているかな?

2019年10月に中国で起こった事件について、メルマガ、ブログでご紹介したことを。

中国のダンス教室のセキュリティカメラによると、

床に寝転がった6歳の女の子が、先生に左足を頭の方へ押されるストレッチをされたあと、

少し経ってから足を動かすことが出来なくなってしまいました。

この記事によると、彼女は脊髄損傷と診断され、その後彼女は歩けなくなってしまったとのこと。

記事に載っていた、お母さんのインタビューによると、

その前に練習していたバックベンド、つまり後ろに反る動きでケガを負い、

強制的なストレッチにより悪化した可能性があるとのことです。

でもさ、愛さんそれはフリーキーな事故でしょう?

他にそのような話、聞かないじゃない?と思う人もいるかもしれません。

ほら、オーバーストレッチシリーズのときにお話したように

「私も小さい時からやっていたけど大丈夫だった」という人たちがいますからね。

でもね、2022年に出版された論説、

その名も「子供たちのダンスのバックベンドによる脊髄のケガ」によると、

1992年~2002年の間に起こった子供の脊髄損傷ケースのうち、

バックベンド、後ろに反る動きが原因となったケガのケースは4%だったのですが、

2015年~2019年には33.9%に増加していたそうです。

PAHSCI、通称バックベンド麻痺

このような子供たちの脊髄損傷のケガは

小児(しょうに)急性過伸展性脊髄損傷という名前がついていて、

その頭文字をとってPAHSCIと言われることもあります。

でも難しい名前なので、中国では「バックベンド麻痺」と呼ばれているようです。

急性過伸展性脊髄損傷はレントゲンなどでは背骨の骨折や問題が見られない脊髄損傷の1つで、

その中でもバックベンド麻痺と呼ばれているものは、胸椎、腰椎に多く起こり、

女の子に起こりやすく、反復や持続するバックベンドで起こりえるケガです。

2023年に出された研究では、42人の同じようなケガをした女の子たちの統計を見ています。

平均年齢6歳、平均入院日は91日、76%が完全対麻痺。

1年後には、74%に側弯症、33%に股関節の異常が合併症として認められたとのことです。

2024年に発表された研究では、

このような脊髄損傷のケガをした70%が8歳未満、66%がスポーツ関連で起こったもの。

スポーツ関連損傷の中の70%が、ダンスクラスでのバックベンド練習だったとも出ています。

これらのデータからみて、

2019年6歳の子に起こった悲しい事件は、彼女だけの特別なものではなく、

彼女のような年齢で、彼女のようにダンスが好きで、

彼女の様に柔軟体操をしていた子たちに起こる可能性があるケガだということが分かりますよね。

このようなケースが相次ぐため、中国では医療と行政の両方から対策が取られています。

2022年には急性過伸展性脊髄損傷の診断、治療、予防についてのガイドラインが作られ、

2023年には保護者にダンス教室選びを慎重に行う必要性と

バックベンドによる麻痺の危険性を警告しました。

そこには、

  • 子供たちの習い事をむやみに増やさないこと
  • 適切な施設、スタジオを選ぶこと
  • バックベンドはケガだけでなく、麻痺にもつながる危険性があるため十分注意すること

が書かれているそうです。

この警告文は中国語で、私は読めなかったので、ネット翻訳を使っています。

もしかしたらニュアンスが異なる部分があるかもしれませんので、

知っている人は教えてくださいね。

2023年には中国教育部が学校外のダンス・スポーツ教室向けに安全注意を発表しました。

その中には

  • 過度な柔軟性トレーニングを避ける
  • 指導者が子供の背中を強い力で押さない
  • 十分なウォームアップと安全な環境を確保する
  • 10歳未満のバックベンドを慎重に扱う
  • 子供が不調を訴えたら、トレーニングを続けさせない

という安全に対するポイントが伝えられていました。

全て、聞き覚えのある項目でしょう?

このポッドキャストのために、日本ではどうなのかをネット検索してみましたが、

このような全国レベルの注意喚起やガイドラインは見られませんでした。

ご存じの方はぜひ教えてくださいね!

子供たちの背骨、脊髄、レッスン

さきほど、

「急性過伸展性脊髄損傷はレントゲンなどでは背骨の骨折や問題が見られない脊髄損傷の1つ」

とお話しましたよね。

これが、今月最後の背骨解剖学。

確かに子供たちの背骨は柔らかいです。

まだ出来上がっていないとも言えますし、

椎間板の水分量が多いので動きの幅が広いとも言われます。

だけどね、背骨の中を通っている脊髄は、背骨の様に動けちゃう組織ではないのです。

そのため、骨は骨折していないのだけど、

中身だけケガしてしまうという子供達に見られやすい脊髄損傷になってしまうんですね。

先ほどご紹介した2023年の研究にも、

子供たちが「背中が痛い」「何かおかしい」と思って病院に行っても、

レントゲンなどで何か問題が見つかるわけではなく、

神経系の問題は時間が経ってから出てくることもあるので、

脊髄のケガだという診断が出ない、もしくは診断が遅れることがあると書いてありました。

今月、ポッドキャストで勉強してきたように、背骨は動くように出来ています。

関節を守るための組織も、動きが計算された関節や骨の形もあります。

だけどね、それは

  • 何をしても問題ない
  • 子供だから大丈夫

という構造ではないんです。

  • 後ろに反ってはいけない
  • カンブレしてはいけない
  • ストレッチしてはいけない

とは言っていないからね?

背骨の動きに「伸展」は存在します。

クラシックバレエのテクニックの中に、カンブレデリエール、つまり後ろに反る動きはあります。

エピソード634で勉強したように、胸椎は特に後ろに反りづらい構造になっているので、

このセクションをしなやかに使うための練習は必要です。

しっかりと勉強している先生のもとで、

筋肉、つまり伸びる組織のストレッチを行うことに問題はないでしょう。

今日ご紹介してきた論文やガイドラインによると

  • 立位から床に手を付けるブリッジ
  • ダンスレッスンで行われる背骨の過伸展

を「バックベンド」と読んでいました。

写真の背骨の角度から、日本でよくみられるエビぞりもここに入ると思いますが、

ケガの名前、急性過伸展性脊髄損傷で分かるように、「伸展」してはいけないではなくて、

「過伸展」つまりオーバーストレッチしていることが問題なんです。

クラシックバレエのテクニックに、ブリッジはありません。

エビぞりもありません。

クラシックバレエのシラバスに、床で行うストレッチは入っていません。

確かに

  • アラベスクからパンシェ
  • 軸足はプリエ、デリエールにタンジュした足の方へ大きくカンブレデリエール
  • ブルーバードのパドドゥの最後で見られるような、大きく背中をそらせたリフト

などはありますが、これらは難易度が高いステップです。

つまり、バレエを始めたばかりの人や子供たちが行うべき動きではないってことね。

もちろん、ダンサーだって人間ですよね?

芸術的視点から、関節を最大限に使う必要はあっても、

1つの関節をオーバーストレッチしてはケガに繋がってしまうわけ。

私が勉強したのがクラシックバレエなので、今の例は全てバレエでお話してきましたが、

モダンやコンテ、新体操だって同じです。

競技やダンスのジャンルが変わっても、人間の体の構造は変わらないことをお忘れなく。

ストレッチを褒めない!

様々なところでお話していますが、子供たちはまだ自分の体の声を聴く能力が育っていません。

先生が怖くて、痛いと言い出せないこともあるでしょうし

先生や保護者に褒められるから、ストレッチをやるということもあるでしょう。

2015年にアメリカでこんな事件も起こりました。

5歳の女の子がお家でバックベンドの練習をして遊んでいたようです。

数時間後足が動かなくなり、脊椎のケガだと診断され、

彼女は歩くだけでなく、排せつ機能や体温調節も難しくなってしまったようです。

この子は、ダンススタジオで先生に無理やりストレッチされたのではありません。

だけど、バックベンドをどこかで習ったんでしょうね。

じゃないとお家で練習しないでしょうから。

もしかしたら、お姉さんたちがやっているのを見たのかもしれません。

この記事にはそのようなバックグラウンドは書いてありませんでしたが、

ご存じのように、バレエが大好きな子はお家でずっと踊っています。

お姉さんの真似してピルエットしてみたり、トウシューズのふりをしてつま先で立ってみたり…

スタジオでやること、言うことは、誰がいつやるか、聞くか分からないのです。

もう1つ、この記事には気になる点がありました。

それは「自宅のリビングで行った、ごくシンプルな体操の動きが、

どうしてこれほど深刻な結果につながったのか分からない」というお母さんの言葉です。

バックベンド、開脚、オーバースプリッツなどは、SNSでもスタジオでもよく見られるため、

多くの保護者が「普通」「シンプル」「単純」な動きだと思っていることがあるんですよね。

周りの大人がこうやって考えていたら、子供たちがやっていても注意しないでしょう。

きっと褒めちゃうと思います。

すごいねーこんなに体が柔らかいんだ!こんなことできちゃうんだ!

褒められた子供は、その動きを続けます。

その子たちにとって、それは良い行動なのですから。

だからね、私は先生だけでなく、

保護者にも解剖学や正しいバレエの動きを知ってもらいたいのです。

だって一生を左右するケガは、リビングで起こる可能性があるのですから。

保護者が知っておきたいこと

保護者の皆さん、バレエと床でのストレッチを一緒だと思わないで頂きたい。

体が柔らかいことを褒めないで頂きたい。

SNSのプロダンサーがやっていることではなくて、実際に生の舞台を見に行ってください。

チケットの値段が高くて大変だったら、

電車で行ける範囲のバレエスタジオの発表会はいかがでしょう?

ほら、あまりにもご近所だとちょっと…というような不安がある人でも、

これだったら大丈夫でしょう?

SNSを使うなら、スタジオが挙げている内容を見てみましょう。

定期的に勉強会、セミナー、オンラインセミナーを受けている先生を探してください。

たとえそれが、解剖学やケガ予防の勉強ではなかったとしても、

新しい情報を学ぼうとする態度というか、

オープンマインドなマインドセットは指導者に必要ですから。

最初の方で、「1992年~2002年の間に起こった子供の脊髄損傷ケースのうち、

バックベンド、後ろに反る動きが原因となったケガのケースは4%だったのですが、

2015年~2019年には33.9%に増加していたそうです。」

とお話しましたよね?

2024年に出された研究には、この数字の変化は

中国社会における「内卷(ネイジュアン)」という社会現象が影響している可能性があると考えられる、

と書いてありました。

その続きには、「内卷」とは、競争の激しい社会環境の中で、

人々が成功を求めて過度に努力することにより、不健全な競争環境が生まれる現象を指す、

中国で広く使われているインターネット用語だと説明がありました。

「子どもをスタートラインで出遅れさせてはいけない」という考えから、

子供たちに数多くの習い事に通わさせる。

習い事の1つがダンスだということですね。

これって、日本でも同じではありませんか?

子供たちの習い事の多さ、コンクールなどの競争環境、

そして幼いうちに結果が出ないなら辞めて受験するみたいな考え方が多いのは、

私よりも日本にいる皆さんの方がよくご存じだと思います。

中国新聞によると、

スタジオは保護者に短期間で「結果」を見せないと、スタジオを辞めてしまうと書いてありました。

Again、私は中国語が読めないのでネット翻訳を使っています。

基礎的な動きではなく、保護者でも分かる動き、

例えばスプリッツやバックベンドなどを「分かりやすい上達の証拠」として見せると

保護者も喜ぶから、年齢に合わないトレーニングが行われると書いてありました。

興味深いことに、

北京舞踊学院の正式な児童向け検定教材にはバックベンドが含まれていないと報じられています。

これも日本のスタジオで見られると思いますよ。

ご存じのようにDLS13周年イベントの1つで

「なんでポワントは12歳からなの?」というセミナーを行いました。

2018,9年あたりから「12歳から」という話は国際的なコンクール、

バレエ学校でも言われるようになっているので、

多くの先生たち、スタジオは「ポワントは12歳から」ということを知っています。

では、どうして早くから始めてしまうのか?

その人たちに話を聞くと、

「昔からそうやってきたから」「そうしないと生徒が辞めてしまうから」だそうです。

私がいくら教師用セミナーを行っても、

先生たちが食べていくために、床でのストレッチやポワントが行われるのでしょう。

ビジネスオーナーとして、経営の不安や問題はよく分かります。

だけどそれって、子供たちの安全と将来の健康を無視しているとも言えちゃうんですよね。

そして、この現状を変えるカギは、保護者の皆さんが握っているんですよ。

どのスタジオを選ぶか?は子供たちの将来に影響します。

目先の人参だけに騙されずに、

正しい知識と長期的な目線で、スタジオを選ぶようにしてくださいね。

背中を使いたいダンサーが知っておきたいこと

スタジオで使われる「背中を使って!」という注意は間違いではありません。

背中にはたくさんの筋肉があり、体幹の動きに影響します。

強くしなやかな背中を手に入れたいダンサーは以下のことを覚えておきましょう。

  • 背骨は様々な方向に動くので、舞台で使える背中を育てるためには、
    様々な方向へ動かすトレーニングが必要です
  • 背骨は脊髄、つまり人間の体が機能するために必要な神経が入っているので、
    正しく、慎重にトレーニングする必要があります
  • 腰痛は大人の問題だけではありません。
    子供たち特有の背骨の問題を理解して、危険な動きは避けましょう
  • 背中をたくさん反らせることが出来たらアラベスクが高く上がるとか、姿勢がよくなるとか思わないでください。
    解剖学を勉強すると、どの動きには何の強さが必要か分かるようになりますよ。

それと、今月は時間がなくてカバーできませんでしたが、ポッドキャストを終わりにする前に1つ。

背筋という名前の筋肉はないからね?

背中の筋肉は存在します。

だけど「背筋」という名前の筋肉はありません。

今日のポッドキャストのゴールは、皆さんを怖がらせることではありません。

でも、大人たちの気持ちがちょっと引き締まってくれたら嬉しい。

研究にあるように、平均年齢6歳だとしたら、

該当する子たちはポッドキャストで勉強するわけがないので、

聞いてくれている皆さんが、子供たちを守ってあげてください。

このようなメッセージを広める必要性を感じてくださったら、ポッドキャストにレビューを残したり、

YouTube動画にイイネやコメントを残してください。

アルゴリズムの関係で、反応がある投稿やエピソードはより多くの人達に届きやすくなります。

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特に背中をそらせること「だけ」が”背筋”のトレーニングだと習ってきた人たちは

解剖学的で、かつバレエ・ダンスに直結する背中の鍛え方を学んでくださいね。

ではまた、来月もダンサーの体を守る知識を一緒に勉強していきましょう。

Happy Dancing!

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